6 月 10th, 2010 at 11:12am |
先月、親父がめでたく還暦を迎えて退職した。
それから、じいちゃんも米寿の祝いを迎えたので、全部を兼ねた食事会が催された。
実家近くの料亭で祝いの席が用意されたんだけど、まず結婚して今は家を出ている姉夫婦が実家に集まってから、料亭に出してもらった送迎バスに乗って行く。
徒歩5分なのに(笑)
でもまぁ、じいちゃんとばあちゃんは足腰が悪いし、姉夫婦には小さな子供がいるし、仕方ないか。
料亭では母親が宴開始の口上みたいなのを述べて、親父がなんか挨拶してから食事が始まったんだけど、ここで姉夫婦の子供(俺の甥っ子)がぐずりだした!
美味しそうな料理が目の前にあるってのに、食べたがらないんだ。
なんか朝から機嫌悪いとかで、座敷の片隅に座布団敷き詰めてひと眠りすることになった。
しかし、子供って寝るためには親の添い寝が必要なんだよな。
最初のうちはってことで姉も横になってたんだけど、祝いの席の端っこで寝っ転がるその光景といったら・・・姉自身も「ちょっと恥ずかしいんだけど・・・」って言ってました。
さて、還暦の祝いなんだけど、親父には義兄と金を出し合って旅行券をプレゼント。
豪華な花束も合ったけど、あれは義兄が自分で用意したらしい。
還暦といえば赤いちゃんちゃんこと頭巾だけど、それは無かったな。
花束のラッピング用紙は赤。
まぁ、還暦だからね。
プレゼントには「先を照らす」って意味を込められたランプ(色はやっぱり赤)もどうかと俺は思ったんだけど、親父は旅行好きなんで旅行券が妥当だろうってことで。
プレゼントされた親父は、前々から気になってた中洞牧場へ行こう!なんて言ってます。
そうそう、勤めてた会社は退職した親父だけど、仕事は何かするつもりらしくて、これからは在宅でできるテレワークをしようかなんて言ってたな。
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11 月 26th, 2009 at 10:31am |
石川県の小松空港の航空ショーに行ってきた。
その事について書いてみようかと思う。
まずは、小松基地について。
小松基地は日本海側にある唯一の戦闘航空団(第6航空団)を擁するエアベース。
対岸の諸外国とも近接した位置にあるため、2個飛行隊の主力戦闘機F-15Jが常時緊急発進に備えている。
航空祭では、地元第303飛行隊&第306飛行隊所属のF-15Jによる飛行展示のほか、小松救難隊のUH-60J&U-125Aによる捜索救難展示や、外来機による飛行展示が行われる。
もちろんブルーインパルスの飛行展示も実施される。
今年は、11月1日のその航空ショーが開催された。
ここでは、下記の飛行機が見られる。
【展示】F-15J、T-4、UH-60J、U-125A、ブルーインパルス
【地上展示】陸海空自衛隊より多数飛来し、米軍機も飛来する。
ここでは、あのバリバリ~というエンジン音がたまらない。
飛行機ファンではなくても、一度いや毎年見たいものである。
昔から飛行機ファンな俺。
実は、自宅に飛行機のフィギィアが数台ショーケースに飾ってある。
これを見るのが俺の楽しみ。毎月出ている飛行機本を読むのも俺の楽しみになっている。
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3 月 5th, 2009 at 6:38pm |
皆さん宮古島わかりますか?
沖縄の離島です。
旅行しにいきました。
そしたらなんとヘキサゴンがきてました。
CXの「クイズ ヘキサゴンⅡ 春の宮古島合宿」のロケ。
紳助チームと上地チーム?で野球をやってました。
かなり遠めでしたが、色々と芸能人をチェック出来ました(笑)。
ただ、ゲーム中は撮影禁止でスタッフが監視するほどの戒厳令でしたが、ゲームが終わってバスで撤収するタレントさんご一行で接近戦。
熱狂する人々に紛れてとりあえず携帯で撮ってみた。
ところで放送日はいつなんだ?
あと『花展』 一葉式いけ花 宮古教室 開設五周年やってた。
華道の流派としてはあまり聞きなれない流派ですが、海外での即興デモンストレーションなどでも高い評価を得ている生け花のスタイルで、「間」を意識して「植(はな)」の表情を捉え、その場所でその時にそこにある素材で、豊かな独創性に富んだ花を生けるのが一葉式生け花らしいです。
その一葉式生け花の教室が宮古島にも開かれ、今年で五周年を迎えました。三代目家元・粕谷明弘さんを招いての生け花展が開催されてました。
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5 月 15th, 2006 at 12:25pm |
祭礼の芸能、郷土芸能の中で獅子舞は最も貴重なものである。
獅子舞の起源は古く、元徳2年(1330)刊行の「日吉社並叡山行幸記」に呪師により獅子舞が演じられたことが記されている。
富山県には数多くの獅子舞が伝承されている。現在活動中のものは約600、休止中のものを含めておよそ1300くらいと推定されている。その内、新湊市には、80ほどのものが数えられる。
新湊市の獅子舞の由来や起源を明確にすることは非常に難しいが、放生津地区の獅子舞元祖と称している新湊市八幡2丁目:俗称新規町の秋葉神社の管理する獅子は、同神社縁紀によると、(弁財船(弁財船和船・ばい船)の航行往来が盛んなころ、西国で行われたものを船乗りによって移入され放生津八幡宮に奉納したのが創始と伝えている。
獅子方の道具箱の一つに、文政11年(1828)子8月改の紀年銘があり、これより以前からあったことがわかる。
この獅子は、10月1日、放生津八幡宮の神興渡幸の活動による。放生津八幡宮司は、別に苫獅子・御道獅子といわれる古獅子(市指定文化財)がある。
現在、新湊市に伝承されている獅子舞は、次のとおりで、保存会・若連中・青年団・自治会・神社などで管理運営されている。
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